micakadomoto

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魔法、を、使う

誰かと話していて、気になる言葉やフレーズ。本、テレビ、どれにしてもフックがかかることが多いのです。誰かと話すことが好きというよりも『言葉』『日本語』を聴くのが、好きなのかもしれません。人の頭の中は、いつも流動的でさっき好きだと感じたことも、何かの瞬間に嫌いになり頑張ろうと張り切った瞬間に、『ああ、ちょっと無理』と落ち込むこともある。だからこそ、今を『言語化』して『固定化』することは、とっても大切なことなのだとこの最近強く思います。そうした時に、見たものを感じたことをどのように言い表すのか、が、その人の人柄であって言葉のチョイスは『センス』だったりするのでしょう。ある日、コンサルタントがお客様の放置されているISOを見て柔らかい笑顔で『この子、愛されていなんだ』と。書類を眺めて愛おしむ。ああ、素敵な言い方だな。『管理されていないのですね』『放置ですか』『審査前だけ対応しているのですね』いろんな考察を伝えるにしても愛されていない仕組み、ときたか。『愛するにはどうしたらいいですか』と聞かれればすかさず『それは知ること、です。知れば知るほど、人はその何かを愛するようにできていますちゃんと知ってみませんか』そんな風に、言葉は人の心を揺らさずに暖かく包む。だから、どこにいても、素敵な言葉を見つけてスマホにメモして時々眺めている。カドモトまたスマホ見てると思っている方ゲームをしている訳ではないんです。笑この最近、眺める言葉は樹木希林さんの言葉『人は生まれ持ったほころびを、修正しながら生きている』

どこを生きるのか

この世がパラレルワールドであるのかもと、気づいたのは小学校の時だった。Aちゃんは、何かと体調を崩しては、お腹が痛い、か、頭がいたい、か気分が悪い、を訴えていた。少し斜めな思考の子供だった私はまた、始まった、と多少うんざりとしていたような記憶がある。芝居かかったような痛い、を、見るたびに違和感があって可愛げのない自分を思い知るような、その感覚や素直に大丈夫?と言えない情けない自分のことを、ちょっと大人びたBちゃんに話したことがあって、その時の彼女の反応がパラレルワールドの入り口だった。そして彼女は、にしても、痛いって、誰かに言って治るわけじゃないのにさ。(ほー、そうきたか?)痛いって、伝えて、なんになるのかな。(なるほど。)そしてある日。体調が悪そうなBちゃんが、お腹を押さえて何かを我慢しているのを見たときに、心配で、大丈夫?先生に伝えようか?と私が言えば先生は私じゃないから痛さわわからないし先生は医者じゃないから、治せないそれに、私は授業が聞きたいんだよ痛いのは、後にすると、彼女が何を言っているのか、わからず手をあげてBちゃんを保健室に!と先生に伝えた。案の定、彼女はその後盲腸であることがわかり、数週間学校を休んだ。けれど、学校に久しぶりに来た彼女は、行きたい学校があること痛いや辛いは、自分には二の次であること、を、切々と私に話した小学生が将来のために、学ぶことの意味を語る。そんな話を聞きながら、何が言いたいのかわからない子供の私は、ただ、ポーっと彼女を声を音楽のように気持ちよく聞いていた。(かっこいいな〜〜)盲腸でお腹を切った癖に、痛いとか、辛いとか、気持ちの問題なんだよと語る小学生。結局のところ、自分がどうするかは、自分で判断して行動するからと、勝手に先生に伝えてしまった私へのクレームを、言っていたのだ。と分かった時に、人生で初めて、落ち込んだ。私はね。立派な人になりたいの。かっこいい人になりたいの。と、だからごめんね。邪魔しないでね。でもさ、すごくない私?盲腸我慢出来たんだよ。すごいよね。お腹切ったんだよ。侍みたいと思ったよ。あー面白かった。今でも覚えてるなんだ、このかっこよさ!と。そしてみかちゃんは、どこを生きるの?(どこ?って、何?)痛い痛いと言ってる人には、痛いという生き場所。私は、なりたい大人になる生き場所。みかちゃんは、どこの場所を生きてるの?人はみんな行きたい場所と生きる場所を選べるんだって。大人な質問を受け止められず、うろたえながら、人はみな生きている場所が、違うのだと知って急に、痛いの彼女が不憫になった。ずっと痛くて、辛い人生になるのだと、当時、足りない解釈をしたけれど、それは数十年後、痛いの彼女は、旦那がどうだ子供がどうだ姑がどうだ、と自分の不具合から生じたなにがしを、周りに訴えていたわけで当たらずも遠からじを生きていた。ただ、そのころは私は、生きる場所という言葉を知って、楽しくなったのを覚えている。だれかれに、その話しをしていた。そして余りに彼女の言動に憧れてすぎて、それから、なかなか痛いとか、辛いとか言えない人になってしまった。の、40年後、Bちゃんは、小学生の頃のままの人生を生きていた。素敵でカッコよく、痛いとか辛いとかを治す仕事で評価高く、生きている。あーそんなこと言ってた?あれは母親の受け売りなんだよね。なーんだ、そうなの?子供の癖に、どこを生きるか、なんて聞くなんて、生意気だよね、と言いながら、で、どこを生きてるの?私は、どこに行くために、どこを生きているのだろう。と、この数十年落ち込むたびに頭をよぎっていた。そして、ダメな自分、痛い自分にハッパをかけてきた。そうやって長い時間をかけて私に魔法をかけてくれて、痛いとか辛いとかから守ってくれたこと、ありがとう!!とそう伝えたら、あの時みかちゃんが先生に言ってくれなかったら腹膜炎になって大変だったんだよね。ありがとう!!と。あっそうなの?と、盲腸物語は先日完結した。そしてそれから、会うたびに痛いと辛い!!数十年分を言い合う、数日が続いた。